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ネタバレ一切なしで作品の良さを伝えます。

アンドリュー NDR114

アンドリュー NDR114(原題 Bicentennial Man)を見た。 

とても古い映画ですが、私のもっとも好きな映画のうちの一つです。

小学生の時にTV放映を見て面白いと思い、高校生の時にふと思い出してTSUTAYAで借りてきて再視聴、やはり面白いと思い、大学生の時も同じように衝動的に、そして社会人になってもう一度見たくなり、やはり面白いと思った。

おそらく小学生の頃はファニーの感情が強かったが、大人になるに連れてインタレスティングに面白さを感じるようになる。ãbicentennial manãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

CG全盛のこの時代になってはここまで「人、入ってます!」ってロボは映画で見られない。しかしそれもエモくていい。

シナリオのアウトラインは「人間になりたいロボット」だ。

ベタベタだが感情を持ったロボットが愛を目指し…という展開。

だが描き方や説得力がある。

1999年の映画だが「ロボット3原則」の言及がある。

私はアイロボットで言及されていたのが記憶に残っていた。

いつからあるものなのだろうと調べてみると1950年の小説から引用されているらしい。以下、wikipediaより。

  1. 第一条
    ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  2. 第二条
    ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
  3. 第三条
    ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
— 2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版、『われはロボット』より

現実の世界でもこれがスタンダードになっていくのでしょうか。

本作はバトルものではないのでこの原則のパラドクスのようなものはありません。

しかし、AIモノやアンドロイド物をみるときはチェックしておきたい知識です。

 

最終的に「人間とは何か」をとても感じさせる作品です。

2001年宇宙の旅では最終的にスターチャイルドとなる人類の描写がありますが、その過程は少しずつ機械になっていくというものです。

 

少しずつ人工臓器で置き換えられ、脳みそ以外がアンドロイド、という状態になる。

しかし、いずれ脳という物も必要ではなくなり、意識を持った実態のない存在になる。かなり曖昧ですが笑

どこまでが人間で、どこまでが人間でないか…

 

結局その定義はできずに愛とか理性とかの話になってしまいがちですね。

人が人として生まれ、人として生き、人として死ぬとき、何を達成するのか。

私は人間は無駄に生まれ無駄に死ぬだけの存在だと思っているので、過程でいかに楽しむかが重要だと考えています。

自分が幸せになるもよし、誰かを幸せにして達成感を得るのもよし。

楽しんだもの勝ちですね。

日々映画を見、これがなんの役に立つのだろうと思うこともあります。

でも誰が何をしてもなんの役にも立たないのです。

なら楽しく映画を見るのは何も悪いことではない。

ちょっとサイコですね。

 

キーワードは「主従」。

とても心暖まる映画なので、皆さんぜひ!